TANAKA Kohji です。
今日で2010年も最終日です。
こんな暮れの最後の最後まで仕事ができるのも、家族の支えがあってこそ。
どうもありがとう。
さて。
この1年、大きな怪我も無く、いつも通りに取り組むことができました。
健康という財産を大事にしながら、来年も1年間走りきりたいと思います。
来年がよりいっそう飛躍する年になるように。
みなさま、この1年お世話になりました。
今後ともよろしくお願いします。
2010年12月31日金曜日
2010年12月30日木曜日
多機能という幻想
TANAKA Kohji です。
昨日の Getting Real の話と関連して。
とかく日本で何かサービスを開発しようとすると大人数となります。
大人数で何かを創作するということの困難さはいろいろあるのですが、その中のひとつに、多機能化するという現象があり、それが製品の品質を却って下げるということがあります。
「多機能なのは良いこと」と思っている方は多いですが、一方でドラゴンクエストシリーズで有名な堀井雄二氏のこの言葉。
たとえば、分厚い操作説明書を読まない人は多いでしょう。
(一方、iPhone等には説明書すらつけていません)
ではなぜ大人数で製品/サービスを作ると多機能化するのか。
それは、責任が分散するからと、個人的には考えています。
官僚的な組織であればあるほど、その傾向は強いでしょう。
(スティーブジョブズ率いるAppleが新製品では多機能化しないことがその証左と言えます)
つまり、「○○はいらない。却って邪魔になる」と言えるだけの雰囲気を作れないのです。
仮にプロジェクトのメンバー間で共有できても、その承認を得るステップで承認者の理解が得られないというのもよくあること。
結果、ユーザーの2割しか使わない機能ばかりが大盛りで搭載されるのです。
しかし。
開発期間は一定です。
少ない機能について、極限までUser Experience (意訳するとユーザーへのおもてなし)を追求できるのと、サブの機能の開発に終われ、メインの機能がおろそかになるのと、どちらがユーザーの心をつかむでしょうか?
Appleの割り切り方は素晴らしいと思います。
例えば。
今年の新ヒット商品と言えばiPadでしょう。
しかし、使われてるCPUのスペックは決して高いと言えません。
OS(基本ソフト)も、iPhoneが6月にiOS4にアップデートしたのに対し、同じiOSを使っているはずのiPadは、結局11月まで対応しませんでした。
逆に次期モデルは、カメラ搭載/性能向上等が噂されています。(ひとまわり小さいサイズを出すという噂もあります)
他の企業で機能を割り切って出せるでしょうか?
(Sony Reader の例は、割り切った例ではありません。単なる調整不足か納期優先の発表です)
Webアプリケーション(Web上のサービス)を作っていて、関わる人数が増えると、すぐに多機能化に針が振れます。
しかし、その前に、コアなユーザーを獲得しないといけないのです。
裾野を広げるのはその後で良い。
ということに共感できる方は、2011年は一緒に仕事しましょう(笑)
というわけで今年も1年お世話になりました。
(もう1日あるけどね)
昨日の Getting Real の話と関連して。
とかく日本で何かサービスを開発しようとすると大人数となります。
大人数で何かを創作するということの困難さはいろいろあるのですが、その中のひとつに、多機能化するという現象があり、それが製品の品質を却って下げるということがあります。
「多機能なのは良いこと」と思っている方は多いですが、一方でドラゴンクエストシリーズで有名な堀井雄二氏のこの言葉。
吉田氏:ドラゴンクエストの関係で,堀井雄二氏と一緒に仕事をさせて頂いたときに,一番言われたのが,「面白さの前に,分かりやすさだよ」ということでした。要は,ルールが分からなければ,遊んでくれたお客様は,それが面白いのか,面白くないのか,判断すらできないということで,まずは分かりやすさを最優先するべきだと教えていただいたわけです。
http://www.4gamer.net/games/092/G009287/20101226004/この発言の趣旨とは異なりますが、多機能が分かりやすさを損なうという例は、枚挙にいとまがありません。
たとえば、分厚い操作説明書を読まない人は多いでしょう。
(一方、iPhone等には説明書すらつけていません)
ではなぜ大人数で製品/サービスを作ると多機能化するのか。
それは、責任が分散するからと、個人的には考えています。
官僚的な組織であればあるほど、その傾向は強いでしょう。
(スティーブジョブズ率いるAppleが新製品では多機能化しないことがその証左と言えます)
つまり、「○○はいらない。却って邪魔になる」と言えるだけの雰囲気を作れないのです。
仮にプロジェクトのメンバー間で共有できても、その承認を得るステップで承認者の理解が得られないというのもよくあること。
結果、ユーザーの2割しか使わない機能ばかりが大盛りで搭載されるのです。
しかし。
開発期間は一定です。
少ない機能について、極限までUser Experience (意訳するとユーザーへのおもてなし)を追求できるのと、サブの機能の開発に終われ、メインの機能がおろそかになるのと、どちらがユーザーの心をつかむでしょうか?
Appleの割り切り方は素晴らしいと思います。
例えば。
今年の新ヒット商品と言えばiPadでしょう。
しかし、使われてるCPUのスペックは決して高いと言えません。
OS(基本ソフト)も、iPhoneが6月にiOS4にアップデートしたのに対し、同じiOSを使っているはずのiPadは、結局11月まで対応しませんでした。
逆に次期モデルは、カメラ搭載/性能向上等が噂されています。(ひとまわり小さいサイズを出すという噂もあります)
他の企業で機能を割り切って出せるでしょうか?
(Sony Reader の例は、割り切った例ではありません。単なる調整不足か納期優先の発表です)
Webアプリケーション(Web上のサービス)を作っていて、関わる人数が増えると、すぐに多機能化に針が振れます。
しかし、その前に、コアなユーザーを獲得しないといけないのです。
裾野を広げるのはその後で良い。
ということに共感できる方は、2011年は一緒に仕事しましょう(笑)
というわけで今年も1年お世話になりました。
(もう1日あるけどね)
2010年12月29日水曜日
Getting Real by 37signals
TANAKA Kohji です。
Webアプリケーションを作ってみたいというかたが、必見の資料があります。
Getting Real という37signalsという変わった名前の会社が作成したものです。
かなりの長文ではありますが、実際に手を動かして開発する人だけではなく、プロジェクトに携わる(もしくはプロジェクトを立ち上げようとする)多くの方が読むべきものです。
すでに書かれてから結構な年月が経過しているものの、決して色あせていません。
ここには、ある種、日本式の開発形態のアンチが書かれています。
そのため、この内容に反感を覚える残念な方々もいると聞きます。
この会社は、Web製作に革命をもたらした会社です。
Ruby on Rails という「短期間で開発する」ためのフレームワーク(開発支援ソフト)を開発し、多くの派生フレームワークが生まれました。
近年生まれたフレームワークの多くはRuby on Rails と同じコンセプトを持ち、わたしの愛用するCakePHPも同様です。
なぜ、短期間で開発することが大事なのかも、このGetting Real という文書により分かります。
優れたコンセプトは、様々なものに波及するのです。
現在、CakePHPをはじめ、Ruby on Rails 派生のフレームワークを使用して開発することが前提のプロジェクトは、増える一方です。
しかし、それらの依頼主が、このGetting Real を理解しておらず(読んでおらず)、フレームワークの能力を活かせないプロジェクトが多いのも事実です。
世の中で売られるものの多くが、製品の形をしつつサービスを売るという方向へ向かっています。
Webサイト(アプリケーション)も同様です。
サービスとは、一時的なものではなく、継続して提供されるべきものなのです。
そしてそれを現実化するのがGetting Real に書かれたさまざまな手法・考え方にあります。
将来的に興味があるのであれば是非。
このとおりにやるだけで、そのプロジェクトのアドバンテージは計り知れないのですから。
Webアプリケーションを作ってみたいというかたが、必見の資料があります。
Getting Real という37signalsという変わった名前の会社が作成したものです。
かなりの長文ではありますが、実際に手を動かして開発する人だけではなく、プロジェクトに携わる(もしくはプロジェクトを立ち上げようとする)多くの方が読むべきものです。
すでに書かれてから結構な年月が経過しているものの、決して色あせていません。
ここには、ある種、日本式の開発形態のアンチが書かれています。
そのため、この内容に反感を覚える残念な方々もいると聞きます。
この会社は、Web製作に革命をもたらした会社です。
Ruby on Rails という「短期間で開発する」ためのフレームワーク(開発支援ソフト)を開発し、多くの派生フレームワークが生まれました。
近年生まれたフレームワークの多くはRuby on Rails と同じコンセプトを持ち、わたしの愛用するCakePHPも同様です。
なぜ、短期間で開発することが大事なのかも、このGetting Real という文書により分かります。
優れたコンセプトは、様々なものに波及するのです。
現在、CakePHPをはじめ、Ruby on Rails 派生のフレームワークを使用して開発することが前提のプロジェクトは、増える一方です。
しかし、それらの依頼主が、このGetting Real を理解しておらず(読んでおらず)、フレームワークの能力を活かせないプロジェクトが多いのも事実です。
世の中で売られるものの多くが、製品の形をしつつサービスを売るという方向へ向かっています。
Webサイト(アプリケーション)も同様です。
サービスとは、一時的なものではなく、継続して提供されるべきものなのです。
そしてそれを現実化するのがGetting Real に書かれたさまざまな手法・考え方にあります。
将来的に興味があるのであれば是非。
このとおりにやるだけで、そのプロジェクトのアドバンテージは計り知れないのですから。
2010年12月28日火曜日
日報は自分のために
TANAKA Kohji です。
先日開催した勉強会で教えてもらったことのひとつです。
日報(週報)は、何より自分のために書くのだと。
今年後半から、このブログを始めました。
思っていることをほぼそのまま書いているためクオリティは低いです。
推敲もほとんどしていませんので、誤字脱字や、論理が飛んで分かりにくい部分も多々あります。
一度書いたことをもう一度書いたりすることもありますね(笑)
それでも、書いていて良かったなと思うことは。
少なからず自分の考え方が表現できることと、そして、自分の考えをまとめることができるということです。
特に後者の利点は計り知れません。
日報や週報が、本来の目的とは別に、その利点があるということと同じですね。
たまにブログの記事を読み返すことがあります。
拙さに目をつぶりながら、それでも読み返すのですが。
そうすると、それらが定点観測的に読み取ることができたりするのです。
それぞれの記事の時期によって、当時何を考えていたかがよみがえります。
そして。
その方向性が今でもずれてないか、また、修正するべきことは無いか。
いろいろ見えてくるのです。
書いた時点でも自分のためになるうえに、それを振り返ることで、もっと自分のためになる。
これは非常に良いことを知りました。
過去様々な形式のブログをやってきましたが、それらとは違って、自分のためになっている。これが今年一番の収穫だったかもしれません。
もちろん、単なる独り言を公開する気はないので、もうちょっと読んでくれた方のお役に立てる内容にしていきたいものですが。
先日開催した勉強会で教えてもらったことのひとつです。
日報(週報)は、何より自分のために書くのだと。
今年後半から、このブログを始めました。
思っていることをほぼそのまま書いているためクオリティは低いです。
推敲もほとんどしていませんので、誤字脱字や、論理が飛んで分かりにくい部分も多々あります。
一度書いたことをもう一度書いたりすることもありますね(笑)
それでも、書いていて良かったなと思うことは。
少なからず自分の考え方が表現できることと、そして、自分の考えをまとめることができるということです。
特に後者の利点は計り知れません。
日報や週報が、本来の目的とは別に、その利点があるということと同じですね。
たまにブログの記事を読み返すことがあります。
拙さに目をつぶりながら、それでも読み返すのですが。
そうすると、それらが定点観測的に読み取ることができたりするのです。
それぞれの記事の時期によって、当時何を考えていたかがよみがえります。
そして。
その方向性が今でもずれてないか、また、修正するべきことは無いか。
いろいろ見えてくるのです。
書いた時点でも自分のためになるうえに、それを振り返ることで、もっと自分のためになる。
これは非常に良いことを知りました。
過去様々な形式のブログをやってきましたが、それらとは違って、自分のためになっている。これが今年一番の収穫だったかもしれません。
もちろん、単なる独り言を公開する気はないので、もうちょっと読んでくれた方のお役に立てる内容にしていきたいものですが。
2010年12月27日月曜日
素直な心が人を成長させる
TANAKA Kohji です。
私が社会人となって初めて勤めた会社では、新人に対し、松下幸之助氏の書物の朗読から教育を始めます。
新入社員心得帖という書籍を与えられました。
そこには金言の数々が載っているので、その後の社会人としての私に大きな影響を与えています。
その松下幸之助氏の教えのひとつが「素直な心の大切さ」です。
20代はもとより、30代になって、その本質的な大切さに気づかされる機会が増えました。
おそらくそれは今後もそうでしょう。
何かをレクチャーする(される)機会が、この業界には多いのですが、そのとき、どうしても素直になれない方がいます。
私自身、身内や他の人からの指摘に対し無意識的に反発をすることもありますが、それでも、仕事ではその機会が少なくなります。
それは、実力が目に見えるからです。
コードというプログラムをした結果(成果物)があります。
これは決して嘘をつきません。
時間がなくて手を抜いたところや、実力が無くて実現しなかったこと、等など。
すべてがここに現れます。
慣れてない人は、これをオープンにすることができません。
例えれば、それは、人前で裸を見せることと同義なのです。
しかし、オープンにしてはじめて、他人は指摘をできるのです。
過去自分がおかしたミスや、自分が知り得た知識を。
「赤子笑うな、来た道じゃ」という言葉がありますが、まさにそれでして、自分が通ってきた道であるから、他人に指摘することができるのです。
(プログラムを組む人は大抵自分の書いた半年前のコードを読みたくないものです。なぜなら、半年間で得た知識は相当な量であり、半年前のコードが粗だらけに見えるからです)
そして指摘を受けたとき。
素直な心を持って受け入れれば、それだけで自分を成長させることができます。
間違いを犯すことを恐れてはいけません。
どうせ半年後(数年後)の自分から見たら、今の自分は拙い行いを繰り返しているのです。
それならば、半年後(数年後)の自分のために、素直な心を持って、自分を成長させる方がよっぽど幸せな人生を送れるでしょう。
それを助けるのが Open & Share で、自分自身をも、さらけだすことです。
私が社会人となって初めて勤めた会社では、新人に対し、松下幸之助氏の書物の朗読から教育を始めます。
新入社員心得帖という書籍を与えられました。
そこには金言の数々が載っているので、その後の社会人としての私に大きな影響を与えています。
その松下幸之助氏の教えのひとつが「素直な心の大切さ」です。
20代はもとより、30代になって、その本質的な大切さに気づかされる機会が増えました。
おそらくそれは今後もそうでしょう。
何かをレクチャーする(される)機会が、この業界には多いのですが、そのとき、どうしても素直になれない方がいます。
私自身、身内や他の人からの指摘に対し無意識的に反発をすることもありますが、それでも、仕事ではその機会が少なくなります。
それは、実力が目に見えるからです。
コードというプログラムをした結果(成果物)があります。
これは決して嘘をつきません。
時間がなくて手を抜いたところや、実力が無くて実現しなかったこと、等など。
すべてがここに現れます。
慣れてない人は、これをオープンにすることができません。
例えれば、それは、人前で裸を見せることと同義なのです。
しかし、オープンにしてはじめて、他人は指摘をできるのです。
過去自分がおかしたミスや、自分が知り得た知識を。
「赤子笑うな、来た道じゃ」という言葉がありますが、まさにそれでして、自分が通ってきた道であるから、他人に指摘することができるのです。
(プログラムを組む人は大抵自分の書いた半年前のコードを読みたくないものです。なぜなら、半年間で得た知識は相当な量であり、半年前のコードが粗だらけに見えるからです)
そして指摘を受けたとき。
素直な心を持って受け入れれば、それだけで自分を成長させることができます。
間違いを犯すことを恐れてはいけません。
どうせ半年後(数年後)の自分から見たら、今の自分は拙い行いを繰り返しているのです。
それならば、半年後(数年後)の自分のために、素直な心を持って、自分を成長させる方がよっぽど幸せな人生を送れるでしょう。
それを助けるのが Open & Share で、自分自身をも、さらけだすことです。
2010年12月26日日曜日
勉強会という名のセミナーが勉強会文化を駄目にしてしまう
TANAKA Kohji です。
今年はいろいろな勉強会に参加しました。
IT系の勉強会は毎日いくつも開かれていて、わたしもそのいくつかに参加しました。
なかには、シリーズで開催されているものの中で有意義なものは、何度も参加するようになりました。
ATNDという勉強会の参加者を募集するのに便利なサイトがあり、それで探すようにしています。(実際は検索はATND検索サイトを利用するのですが)
勉強会という「有志が運営する」というのが中心の形態には、さまざまなメリットがあります。
「コストの問題を解決し」「講義の幅が広がり」「主催者と参加者が近くなる」等々
今、これだけ勉強会というスタイルが流行っているのは、それだけの意味があると思うのです。
さて。先日。
ある勉強会の告知を見ました。
某企業のウェブサイトです。
企業が開催するということも良くあります。
しかし、よくよくみると。
どうみても従来からよくあるセミナーなのです。
もちろん、勉強会やセミナーに明確な提議がある訳ではないので、それはそれで良いでしょう。
その勉強会というかセミナーでは、1回目こそ無料ですが、2回目以降は有料でした。
普通に、企業が営利目的でやっているセミナーなのです。
もちろんどのように開催しても良いのですが。
それでもわたしは危惧するのです。
そういったセミナーだか勉強会だかが曖昧になり、それがゆえに優良な勉強会を探すことが困難になることを。
ひいては勉強会文化自体が悪い方向へ行くのではないかと。
杞憂に終われば良いのですが。
今年はいろいろな勉強会に参加しました。
IT系の勉強会は毎日いくつも開かれていて、わたしもそのいくつかに参加しました。
なかには、シリーズで開催されているものの中で有意義なものは、何度も参加するようになりました。
ATNDという勉強会の参加者を募集するのに便利なサイトがあり、それで探すようにしています。(実際は検索はATND検索サイトを利用するのですが)
勉強会という「有志が運営する」というのが中心の形態には、さまざまなメリットがあります。
「コストの問題を解決し」「講義の幅が広がり」「主催者と参加者が近くなる」等々
今、これだけ勉強会というスタイルが流行っているのは、それだけの意味があると思うのです。
さて。先日。
ある勉強会の告知を見ました。
某企業のウェブサイトです。
企業が開催するということも良くあります。
しかし、よくよくみると。
どうみても従来からよくあるセミナーなのです。
もちろん、勉強会やセミナーに明確な提議がある訳ではないので、それはそれで良いでしょう。
その勉強会というかセミナーでは、1回目こそ無料ですが、2回目以降は有料でした。
普通に、企業が営利目的でやっているセミナーなのです。
もちろんどのように開催しても良いのですが。
それでもわたしは危惧するのです。
そういったセミナーだか勉強会だかが曖昧になり、それがゆえに優良な勉強会を探すことが困難になることを。
ひいては勉強会文化自体が悪い方向へ行くのではないかと。
杞憂に終われば良いのですが。
2010年12月25日土曜日
七味五悦三会
TANAKA Kohji です。
年末ですね。
年末、大晦日にやる風習の話です。
もともと鴻上尚史氏のエッセイで知りました。
(エッセイ内でも、たしか杉浦日向子さんが言っていたということで書かれていました)
大晦日に一年を振り返る風習が、江戸時代にあったそうです。
一年というのは長いもので、その細かな記憶は薄れていきます。
その細かな、そのなかでも、良い出来事を思い出し、そして「ああ今年も良い年だった」と考えるのだそうです。
これは素晴らしいと思いませんか?
忙しくて辛い一年もあるでしょう。でも、忘れがちな幸せな出来事にスポットを当てることで、良い思い出で頭の中を一杯にして年を越すのです。
具体的に「七味五悦三会」で何をするのか
年末ですね。
年末、大晦日にやる風習の話です。
もともと鴻上尚史氏のエッセイで知りました。
(エッセイ内でも、たしか杉浦日向子さんが言っていたということで書かれていました)
大晦日に一年を振り返る風習が、江戸時代にあったそうです。
一年というのは長いもので、その細かな記憶は薄れていきます。
その細かな、そのなかでも、良い出来事を思い出し、そして「ああ今年も良い年だった」と考えるのだそうです。
これは素晴らしいと思いませんか?
忙しくて辛い一年もあるでしょう。でも、忘れがちな幸せな出来事にスポットを当てることで、良い思い出で頭の中を一杯にして年を越すのです。
具体的に「七味五悦三会」で何をするのか
- 七味は、今年食べた美味しかった料理を7つ
- 五悦は、今年経験した楽しかったことを5つ
- 三会は、今年出会った「一生付き合いたい」と思える素敵な人を3人
これを大晦日、除夜の鐘を聞きながら(?)家族それぞれ言い合うのだそうです。
そして、全員が言えたら「ああ、今年も良い年だった。来年も良い年だといいね」というのだそうです。
この素敵な風習を、今年の大晦日に、あなたの家でもやってみてはいかがですか?
お勧めですよ。
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