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2011年8月31日水曜日

コンテンツが細分化した社会

今日から新しい事業年度を迎えます。
TANAKA Kohji です。

1年を振り返ると、ビジネスパートナーとの連携を強化できた年でした。

今後ともどうぞよろしくお願いします。

さてさて。
(前々回)情報がパケット化していき、(前回)情報の流通量が増える、と述べました。
情報は、小さい方が流通しやすく、シェアされやすいという特徴があります。
では、今後、どのような情報が増えていくのでしょうか。

メタデータという言葉があります。
メタとは「高次の」という意味ですが、メタデータというと一般的に「データの中で、そのデータを分類する場合などに利用される、付加的な情報」を指します。
書籍には書誌情報というものがあり、そこには、発行者や発行年月日、著者名、書籍名などが羅列されています。
いわゆる、データの羅列ですね。

メタデータは、図書館で書籍を整理する時など、人間にとっても扱いやすいものですが、一方で、コンピューターにとっても扱いやすい形式となります。
たとえば、今日では図書館内に管轄する自治体内の図書館すべての書籍の検索ができ、それぞれ貸し出し可能な状態かどうかが分かります。
これはメタデータをデータベース化しているために実現できている訳です。

他にも食べログ等の飲食店情報サイトでは、飲食店情報のメタデータを保有していますし、iTunesは音楽情報のメタデータを保有しています。

インターネットの検索エンジンも同様です。
この場合、世の中のすべてのWebページを、検索エンジン事業者が巡回し、分類、メタデータ化をしている訳です。
それによって私たちは、日々、探している情報を、素早く見つけることができるのです。

かようにメタデータというのは、インターネットの世界で縁の下の力持ちとして活躍している訳ですが、インターネット上の情報がパケット化していくと、情報を加工すること無く、メタデータ化しやすくなっていくでしょう。
(メタデータ化すると、前回の勉強会でも話をしたWebサービス化、API化がしやすくなります)

となると、twitterのつぶやき(ひとつひとつ)のようなマイクロコンテンツよりも、もう少し価値のある情報がパケット化していくのではないかと考えます。

単体で価値を持つものの割合が増えていくのではないかと思っています。

そんな視点で開発中のサービスが、tipshare.infoというサービスです。
これはTipsという「小さな、何かの役に立つ」情報を記録して、みんなで活用しようという趣旨のサイトです。
プロトタイプということで試作品ではありますが、実際に稼働中のサービスです。

詳しくは、また明日。
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2011年8月29日月曜日

Easy to Share

9月1日から始まるオクトーバーフェスト豊洲が楽しみすぎますね。
というわけでTANAKA Kohji です。

さて、昨日の情報のパケット化の続きです。
中長期な流れとして、インターネット上のコンテンツが、小型化してきたという話をしました。

小型化した主な理由として「書きやすく」「どこでも書け」「読むのに時間がかからない」ということをあげました。

「書きやすい」というのは。
ブログのような記事を書こうとすると、ある程度まとまった時間が必要になります。書く内容の正しさを検証するための調査や、関連する外部ソースへのリンク等々、ひとつの記事を書くために、それなりの準備が必要となる訳です。
しかし、ミニブログ等「小さなコンテンツ」であれば、それは極小化されるか、ゼロになります。

「どこでも書け」というのは。
スマートフォンの普及により、屋外でのpostというのが普通になりました。twitterは言うに及ばず、写真投稿のような「撮ってその場でpost」という利用は「ミニブログ+スマートフォン」の最も得意とする利用シーンです。

「読むのに時間がかからない」というのは。
これは実は「書きやすい」と「どこでも書け」の裏返しでもあります。
インターネットがビジネスや生活の一部となった今日では、必要な情報を効率的に収集することが求められます。
「読むだけで時間がかかる」コンテンツは、どうしても読者を限定してしまうのです。
「外出先でも手軽にチェックできる」程度のコンテンツの方が、現在の利用シーンにマッチしていると言えるでしょう。


そして、時代は「PV=閲覧数」から「賛同=シェアの数」へと移ってきました。
twitterのReTweet、facebookのLike(いいね)、tumblrのReblog等々
シェアにより、PVが増え、さらにシェアされる、という循環が生まれるのですが、この循環の仕組みこそが、実は「情報のパケット化」と相性が良いのです。

あたかも、通信が「パケット方式」を採用したことで、通信量が増えていったように、情報がパケット化していくことで、情報量が増えてきたのです。

つまり、情報のパケット化とは、情報量を増やすことと同義といえます。
では、この先、インターネット上のコンテンツは何が求められているのか。

続きは明日。
コンテンツが細分化した社会
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2011年8月28日日曜日

情報のパケット化

世間が夏休みだと、かえって仕事がはかどりますね(?)
今年は例年以上に集中できた、TANAKA Kohji です。

パケット通信という言葉があります。
携帯電話の通信料を「パケット代」と言ったりしますので、一般的にも認知度の高い言葉です。
これは、データを小分けに送信することで、通信中に障害があっても、通信できなかった小分けにされた通信分だけを再送信するなどすることで、通信を効率化するなどのメリットがある通信方式です。

大きなデータを一度に送るのではなく、小さく分割することで、かえって流通しやすくなるという訳ですね。


話は変わって。
インターネット上のコンテンツは、爆発的に増加しています。
以前はテキスト(文章)が主体だったデータも、今では画像/音声/動画と多様化してきました。
そして、一方で、コンテンツが「小型化」してきています。

twitterは、ミニブログ/マイクロブログといわれます。
web上に何かを記録する媒体がブログ(weblog)で、記録する対象が小さいので、そのように表現されます。
FacebookLinkedInTumblrなども、このカテゴリーに入るでしょう。

なぜこれらミニブログが流行っているのでしょうか。
思い当たるポイントは

  1. 書きやすい
  2. 携帯端末でも書ける
  3. 閲覧者が短時間で読める
という点ではないでしょうか。

限られた時間のなかで、何かをpostするとき、また、他人のpostを読むとき、いきおい、情報がコンパクトになっている方が、利用されやすいのではないかと思います。

そして、それらが合わさったとき、コンテンツが「共有(シェア)」されやすくなるというわけです。

詳しくはまた明日。
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2011年4月27日水曜日

ホリエモンの実刑確定に思うこと

TANAKA Kohji です。
昨日、ホリエモンこと堀江貴文氏が、証券取引法違反に問われた裁判は、最高裁による上告棄却というまさかの裁定で決着がついた。

本人も述べる通り、これ自体は仕方が無いのかもしれません。
(もちろん量刑を含めて納得のいくものではありません。最高裁で充分に審議する必要があったと思いますが)

ニコニコ生放送で拝見した記者会見を見て思ったのは、主に以下の二つ

  • 堀江氏の語った「今回の事件が与えた日本経済への影響の大きさ」は、全国民が知る必要があるということ
  • そのうえで何をするべきかというヒントを与えてくれているということ
です。

前者は、端的に言うと、「ベンチャー企業のExit手段である『上場』と『M&A』がしにくくなっている」ということです。
アメリカでは、ベンチャー企業のExitは、上場から、(Google等による)買収へと移ってきました。
YouTubeは、5年前Googleに買収されるまでに、ただの一度も利益を上げていません。それでもGoogleが買収した額は、16億5000万ドル(約1950億3000万円)です。
日本でこのようなことがおこらないのは、日本人としての国民性等他の原因が大きいところではありますが、それでも状況が悪化しているというのは、決して私の事業にとって追い風ではありません。

まして、今後、東日本大震災の影響が、日本経済を直撃することでしょう。
大不況に陥るという向きもあります。
復興のための規制緩和が叫ばれるなか、日本は、過剰なコンプライアンスに縛られることなく、経済の活性化に繋がる施策を実施する必要があるでしょう。

そのためには、日本国民がこの事件を客観的に評価し、日本経済へ与えた影響を、充分に知る必要があると思っています。


後者については、それぞれの人が、それぞれ解釈するということが良いと思いますが。
会見では若い方からの質問に「日本はもうオワコンだから中国とビジネスを」という趣旨の発言をしていましたが、私は、そこではない別の箇所に注目しました。
(海外へというのは至極同意です)


わたしのアンテナにひっかかったのは次のふたつ。(表現は変更してあります)
「情報を多方から入手していると相対的に未来を知ることになる」ふむ。なるほど。
https://twitter.com/#!/ktanaka/status/62801752692502528
「皆が『貴方の言うことはよく分かる』ということをやっても遅い」ふむ。ふむ。
https://twitter.com/#!/ktanaka/status/62802282940600320 
思わずメモ的につぶやきましたが。

何か新しいことをやろうとすると、あまり賛同者を得られなかったりします。
そこを充分に説明するスキルは必要なのですが、一方で、賛同しか得られないものというのは、得てして平々凡々な毒にも薬にもならない何かだったりします。

とくに、インターネット(に限らずiOSアプリ等を含め)の世界では。
未だに「どうやって儲けるの?」と、日常的にインターネット に触れていない方から聞かれます。
一般化した、twitterもfacebookも、経営者はその道が見えていますが、それはなかなか周囲には伝わらなかったと思います。

「情報格差が存在するから」というのが、その事象を理解するのに、私にとっては良い補助線となりました。

情報リテラシーという言葉が出てきました

まさに。私が今、この震災前後で考えていたことのひとつです。
このスキルを磨くことが、今の時代を生き抜くための、最優先の事柄かと思います。
twitterもそのツールのひとつ。

しばらく間が空いていた当ブログですが、また今日から復活していきたいと思います。
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2011年1月11日火曜日

「出典の書誌情報を明記しなさい」

TANAKA Kohji です。
タイトルの「出典の書誌情報を明記しなさい」は、以下の記事より。
コピペはダメだよ、について
卒論を読んでコメントをつけて返すという仕事をしている。
疲れる。
ほとんど同じことをどの学生についても書いているからである。
「出典の書誌情報を明記しなさい」
この二年間、ことあるごとにゼミで言っているのだが、ほとんどの学生はそのほんとうの意味は理解していない。
それをたぶん「ズルをしてはいけません」という警告のように聴いているのだろうと思う。
書誌情報とは、書名や著者名・出版日等、書籍データのことです。
以前、情報の出所を明記せよという記事で、その重要性を述べましたが、もともとこの考え方は論文を作成するときには常識的な考え方です。

Googleがインターネット上のWebページの検索機能で世に出てきた時、他の検索エンジンの検索機能と一線を画していたのが、「どのページがより信頼に足るか」という重み付けの部分でした。

Googleは、「参照(引用)数の多い論文は優れた論文」という考え方をWebページへ応用し、「リンクされた数の多いWebページは、優れたWebページ」という手法を編み出しました。

出典を明記せずに情報を載せることがお行儀の良くない行動なのと同様に、論文(卒論)で、それをやってはいけないのです。
(難しいのはそれを別の解釈をされてしまい、本意が伝わらないことなのでしょうが)

わたしたちは、先人の歩んだ道を通って、その先を行かねばなりません。
先人に対し敬意を抱いているのであれば、自ずとそれを表明するはずです。
たとえtwitterのように限られた文字数であったとしても、何らかの形で表明するべきで、それを省略して良いことにはなりません。
でもなぜかそれをしない人が後を絶たないのですよねえ。
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2011年1月8日土曜日

今持っている知識に固執する事なかれ

TANAKA Kohji です。
「若い人は、年齢を重ねた人より保守的」という言葉があります。
若い人の方が、持っているもの、守るべきものが少なく、少ないためにそれを守ろうとして、かえって保守的になるということです。
逆に年齢を重ねると、それらを捨てることを厭わず、保守的ではなくなるのです。

これらを、知識や情報に置き換えて考えてみたいと思います。
知識量の少ないかたや、情報をあまり多く入手できていない方の方が、今ある知識に固執し、却って新しい知識を取り入れたがらないということが往々にしてあるようです。

あきらかに多くの情報を知っている方の話を聞かず、自分のやり方に固執して、それが自身の成長を阻害しているというシーンを目撃しました。

一方で幅広い知識を持っている彼は、あきらかに自分よりも知識の無い方からも、何らか学ぶことがあるのではないかと、知識を広げることに貪欲です。
自分の知らない知識が世の中にはたくさんあるということを知っているからでしょう。常にアンテナを張っている感じです。

マルチレベルマーケティングのビジネス等に若い人の方がはまりやすいのも、要は同じだと思います。
親世代が、訪問販売で不当に高額な商品を購入してしまい、それを指摘されても「良い買い物をした」と思い込んでしまうのも、要はそういうことかもしれません。


常に自分の知らない知識があることを認識していれば、情報収集のアンテナは広がります。
またブログ等で、自分の知っていることをアウトプットしておくと、逆に情報が集まる傾向にあります。
今の自分の知識に固執すること無く、未だ知らない何かを貪欲に吸収していきましょう。
半年後の自分が、半年前と比べて、大きく成長していることに気づくでしょう。
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2010年12月17日金曜日

どM化する大手企業の社員

TANAKA Kohji です。
というわけで、昨日の記事に引き続き、中小企業こそIT化が推進しやすいというお話です。

大手企業が行う、社員に対する制限は、エスカレートする一方です。
銀行を始めとする金融機関は言うに及ばず、インターネット系の企業でも急成長しているところはその傾向にあります。
それ以外の業種でも、過剰な規制はきつくなっていくばかり。

「以前規制されていた○○ができるようになった」という話は寡聞にして知らない。
あるのでしょうが。

さて世の中の状況を端的に表し、それに対する考え方も近しいのが、堀江社長のこの記事。
(あまりに過不足無い記事なため、かなり長めに引用してしまいました。)

企業の情報漏えい対策がクソな件について
私が数日前に手帳のエントリーを書いたら、今は大手企業(特に個人情報を扱う会社)ほど情報漏えい対策でデジタルデバイスの持込が制限されているので、デジタル機器でのスケジュール管理やらメモなどはできないというコメントが書き込まれていた。
たしかに私がライブドア社長時代は個人のパソコンは持ち込み自由でデータの持ち出し制限も個人のモラルに任せていて実際に会社の内部資料が検察庁などに漏洩していたようである。楽天のように個人のパソコンは絶対に持ち込ませない、会社のパソコンも外に持ち出せないとうくらいの対策をしていれば、検察庁がライブドア社に踏み込むことは出来なかったかもしれない。
ただ、これは私の個人的な思想信条の問題であり、何のためにデジタル機器が存在するのか、という問題に行き着くわけだ。データの漏洩を恐れるが余り、一律にデジタル機器の持ち込みを制限したりするのは不自由である。不自由すぎる。
(中略)
いくらデジタル機器の持ち込みを制限しようが、私はデータの持ち出しは技術的には可能だと思う。いくらでもセキュリティホールはあるからだ。特に人的なセキュリティホールは不正を働くものにとっては利用しやすい。本来ならば、もっと法整備をしてデータを盗む、あるいは不正利用するものを厳しく取り締まるのがスジだろう
また、モラルを教育し、例えばパスワードを付箋でモニターの横に貼り付けたり、メモ帳に書いたりするようなアホな行為をやらないようにすべきだろう。
コンプラ・コンプラといって、司法関係者の企業における利権が拡大しつつある状況は憂慮すべきものがある。それが革新的な技術の拡がりを阻害しているとしたら、由々しき問題であると私は思うのだ。
だから、もうあんまり大きな会社を作らずに、情報漏えい対策とかしなくてもいいような仕事のあり方を私は今模索しているところだ。ITの会社の会議室でiPhoneが使えないってありえなくね?って思わない?
 ※太字はわたし

さて、これを読んでどう思うだろうか?
大手企業の人ほどこう思うようだ。
「デジタル機器の持ち込み自由/データの持ち出し自由ってどんだけゆるいんだよ」と。

もはやあるべき論で語ることを放棄し、その制限の前提で話を進めようとするのです。

本来会社の所有物であるデータを外部に漏らす社員を制限しようとする経営者の考えは分からないではない。
なぜなら、上記の記事にあるようなモラル教育の苦労と比べたら、規制をする方が圧倒的に楽だから。

良く言われるのは。
蚤は高さの低い箱に入れてしばらくおいてから箱から出ても、箱の高さよりも高く飛べなくなるとか、小さい頃から木の杭に繋がれた子牛は、成長してもその杭を抜こうとしないとか言います。

デジタル機器の持ち込みを制限する、インストール可能なソフトを制限する、閲覧可能なウェブサイトを制限する等々、規制は枚挙にいとまがありません。
Google系の各種サービスを利用するなんて、もってのほかだそうです。
そこまでいくと中国との差が分かりません。


私がもっとも不思議なのは、そういった規制を甘んじて受け入れるかどうかではなく、それ自体を「当然のことだ」と思っている人たちがいるということです。(もちろん口に出している訳ではなく、態度に出ているということです)

であれば結論はひとつです。
そういった規制をかけない会社の方が伸びていくことでしょう。

日本の企業の競争力が、アメリカを始めとする各国と比べていまいちなのは、こういうところに現れているような気がしてなりません。

疑問を感じながら仕事をしている方も多いでしょう。
今まさにそういった規制と戦っている方も多いと思います。
しかし、少なくとも今すぐに、それらが転換されるようなことは無さそうです。

というわけでチャンスだと思うのです。
中堅/中小企業こそ。いや、ITを活用している企業こそ。
今なら。どMな社員がまだまだいます。
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2010年12月15日水曜日

情報の出所を明記せよ

TANAKA Kohji です。
インターネットの原点のお話から。

インターネットは、Webページの集合体です。
Webページとは、 http://blog.direct-search.jp/ 等のURLをアドレスバーに入力し表示されるページのことです。
特にそれらがまとまるとWebサイトといいます。一般的にはホームページと呼ばれたりしますが。

ネット上の各ページは、リンクという形式で、繋がります。
正式には、ハイパーリンクリファレンスと言い、リファレンスつまり、言及することを言います。

何かについて語るときに、その元の文章が書かれたページはここですよ。というものです。

元々は。

つまり、インターネットの世界において、誰かが書いた内容に反応する時は、元の文章の出所を示すというのが、ひとつのルールなのです。

そして。
Twitter等のツール(サービス)が登場し台頭してきました。

字数の制限を理由に、元の情報を示さない人がいます。
そして、そういった情報が、公式・非公式なReTweetでもって「拡散」していくのです。

その結果。
「近しい人からの情報だから本当のことだろう」と、間違った基準で物事を判断してしまい、誤った情報が信じ込まれるということが増えてきました。

不幸なことに、発信者が間違いに気づいても、その修正は修正前の情報ほど拡散されない傾向にあります

どうすれば回避できるのか。
簡単です。

情報の出所である出典を明記すれば良いのです。
そうすれば、時間のある場合は出典元を確認できます。
流し読みでもできれば、その情報の意図するところや、言及している内容との差分を確認できるのです。

情報の目利き能力のひとつは「出典が明記されていない文章は疑う」ことで、もうひとつは「出典を明記しない人の文章を疑う」ことです。

これだけ自分のルールにしっかり刻みましょう。
世の中これができてない人が多いようですので、それだけでアドバンテージを得られますから。


ちなみに補足しますが、現在はTwitterの公式サイトでの投稿はURLを記述しても文字数カウントされない仕組みを導入しています。
ますます原典を表示しない情報の信憑性が低くなってきています。
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2010年12月14日火曜日

わたしのワインの注文方法と情報の取捨選択について

TANAKA Kohji です。
あまり詳しくないのですが、ワインを飲むのが好きです。

社会に出てから最初にできた趣味と言っても良いでしょう。
同期入社の友達とは、今でもたまに会うとワインを飲みます。

友人はワインの銘柄に詳しく助かります。私はワインの銘柄をほとんど覚えないため、以前飲んだ美味しいワインをもう一度飲むことができません。

友人と飲むときは良いのですが、レストランで注文するときは困ります。
どのように頼むと、自分好みのワインを提供してもらえるのか。

味の表現は多彩ですが、自分の好みを言い当てることは困難です。
飲めば「好み」「好みじゃない」と言えても、飲む前に表現することができないのです。

さんざん試行錯誤して出会ったのが「香りの強い(を楽しめる)ワインが好きですね」という表現。
味の表現ではないし、香りが強いワインが好みという訳でもありません

しかし、この表現を使ってから、はずれが激減しました。(ほとんどが私好みの味のワインでした)

ここから、ふたつの教訓を得ました。
ひとつは、自分の得たい果実を入手するための「表現方法」を知ることの重要性で、もうひとつは、あたらずとも遠からずの重要性です。

前者は検索リテラシーでちょっと触れたことに関連があるかもしれません。
そして後者は。
これが、現代の情報過多の時代に、情報収集するために求められる能力のひとつだと思うのです。

「事実は存在しない。解釈だけが存在する」という有名な言葉がありますが、インターネットのどこを探しても、事実が出てくることはありません。
いや、インターネットに限りません。新聞でも、大きな見出しの記事が意図的に書かれていることも多々あります。

そこで重要なことは、想像力を持って、得られる情報から事実を推定するということではないでしょうか。しかも短時間で。

昨日の記事「情報の目利き能力」に通じるのです。
というわけで、今回はちょっと寄り道をしましたが、おそらく、続きます。
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2010年12月13日月曜日

情報の目利き能力

TANAKA Kohji です。
目利きという言葉があります。
「真偽・良否について鑑定すること」とあります。 by goo辞書

昨日記事にした通り、情報の価値が変化してきました。
歴史的に、これだけの情報が入手可能な状態はありません。

そして、現在においては、その多くはテキスト(文字情報)です。

では、インターネットで提供される文字情報と新聞その他の文字情報の大きな違いというのは何でしょうか?

大きな違いの一つが「視覚的に情報の優劣の分かりやすさ」にあります。
新聞では、文字の大きさ(見出しかどうか等)により、その情報の重要性を分けています。
すべてがその規則に則っているため、瞬時に情報の取捨選択が可能という利点があります。

一方でインターネットの場合は。
多くはまず、検索エンジンによる検索で情報を探すというところから始まります。

検索エンジンにより「貴方が求めていると思われる情報」を順序付けしますが、それは完璧ではありません。

検索結果から、必要とする情報を探すという行為が必要なのです。

表示されたページが、貴方が求めているかどうか、そして何より、正しい情報かどうか、を選別する必要があります。

そこで必要なものが、情報選別のスキル(能力)なのです。
このスキルを目利きと表現することとします。

私が小さかった頃言われていたことの一つに
「活字になっていると信憑性が高く感じられる」
というものがあります。

私の親世代には多いのでしょう。
同じ情報を見ても、それが活字で書かれているかどうかで、その優劣を判断することに大きな影響を及ぼしてしまうという方。

現代は逆なのです。
情報が並列化され、個人が発信できる手段を得た今、優劣は、受け取り側が、瞬時に、正確に判断する必要があるのです。

重要なことは、その判断のスピード正確さが、現代においては重要という認識です。
というわけで、続きはまた。
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